Secret dream



年が明けて、ルルーシュはのんびりとした元旦の朝を迎えた。
昨日のうちにやることは全て終わらせておいたので、元日の朝はいつもよりゆっくりと目を覚まして、御節をつつきながら妹と語らったり、くだらないテレビを見たりするのが恒例である。
厄介者のジェレミアがいてもそれはあまり変らず、だらけた平穏な元日の一日はあっという間に過ぎていった。
夜になり、適当な夕食を終えた後、ナナリーはジェレミアを伴って自分の部屋へと姿を消した。
相変わらずジェレミアはナナリーにべったりである。
なにがそんなにいいのか、ナナリーもジェレミアを気に入っている様子で、とても上機嫌だった。
だからルルーシュは、ジェレミアに余計なことは一切言わなかったし、常識の範囲内のことなら行動を制限することもしなかった。
ナナリーの就寝の時間になれば、ジェレミアはちゃんと部屋を出てくることもわかっている。
戻ってきたジェレミアが、ナナリーの代わりと言わんばかりにルルーシュに付き纏うのにも、慣れてしまった。
が、やはり、昨夜のクロヴィスの言葉が気にならないルルーシュではない。
頭の悪いクロヴィスはともかくとして、切れ者のシュナイゼルまでもが、このジェレミアをなぜそんなに欲しがるのかがわからなかった。
ルルーシュならば、「使えない」と判断した時点で、すぐに切り捨てるだろう。
その方が合理に敵っている。
絶世の美丈夫と言うのなら話は別だが、顔は整ってはいるがジェレミアは特別美人というわけではないし、「夜の玩具」にするには体がごつすぎる。

―――まさかとは思うが・・・?

あのシュナイゼルが、ジェレミアに抱かれる立場とは到底考えられない。
もちろん、それはクロヴィスにも当てはまる。
皇子としてのプライドの高いあの二人が、ジェレミアごときに押し倒される場面など、ルルーシュには想像もできなかった。

―――・・・と言うか、俺はなにを考えているんだ!?

自分の思考がとてつもなくおかしな方向に向かっていることに気づいて、ルルーシュは頭を抱えた。
その思考を頭の中から追い出すためにも、翌日の準備を始める。
それを眺めながら、傍にいるジェレミアは不思議そうな顔をしていた。

「あの・・・なにをしているのですか?」
「明日の準備だ」

ルルーシュはクローゼットを開けて、外出用の服やコートを揃えている。
いくら頭の悪いジェレミアでも、ルルーシュが明日外出することは明白だ。

「どこへ、行くのでしょうか?」
「・・・初詣」
「わ、私も一緒に行きたいです」
「ダメだ」
「でも・・・ナナリーさまに、明日はルルーシュさまと一緒にいるようにと言われました」
「ナナリーに?」

ジェレミアはこくりと頷く。
ルルーシュが正月二日に初詣に出かけることは毎年のことなので、ルルーシュが明日出かけることはナナリーも知っているはずだ。
知っていて、そう言ったというのなら、ジェレミアを初詣に連れて行けということなのだろう。

「あいつはなにを考えているんだ・・・?」
「・・・一緒に行ってもいいですか?」
「・・・ナナリーがそう言ったのなら、仕方ないだろう・・・」

渋々承知をするルルーシュは、妹に甘い。
仕方なく、自分の服を用意した後に、ジェレミアの分の外出着を用意する。
ジェレミアの為に揃えてやった服や身の回りの物の中には、使うことはないとは思ったが、一応、外出用の服や靴、それに防寒着等も用意してあったのだ。
全ての用意を整えて、ベッドに入ったルルーシュの後に続いて、ジェレミアがその隣に潜り込んでくる。

「あんまりくっつくな・・・」
「・・・だめ、ですか?」

懐きながら上目遣いで見上げるジェレミアに、ルルーシュの頭の中は、またあのアヤシイ妄想がちらりと横切る。
そして、改めてジェレミアの顔をまじまじと見つめたルルーシュは、盛大な溜息を吐いた。
不安そうにルルーシュを見上げているジェレミアの瞳に、薄っすらと涙が浮かんでいる。
ルルーシュに叱られたり、否定されたり、思いっきり冷たい視線で見つめられると、ジェレミアはすぐに涙を見せるのだ。
最初は困惑したルルーシュだったが、そう度々泣かれては呆れるよりほかがない。
だから、「勝手にしろ」と言い捨てて、懐くジェレミアに背中を向けた。





翌日の正月二日は快晴である。
風も弱く、穏やかな小春日和で、初詣には絶好の天候だった。
初詣と言ってもそれほど遠い場所に行くわけではなく、学園の近くの寂れた神社に参拝するのだから、ちょっとした散歩と変らない。
それでも、記憶も知能も常識もないジェレミアを伴っての外出には不安があった。
ルルーシュの不安を他所に、外出着に着替えたジェレミアは嬉しそうである。
「ナナリーさまと一緒にお出かけしたかったです」と、本音を洩らしたジェレミアの優先順位は、ルルーシュとよりもナナリーと一緒にいることの方が上のようだったが、今は外に出られることの方がそれに勝っているようだった。
ナナリーに見送られて部屋を出るジェレミアは、ルルーシュの半歩後ろに従っている。
そうするようにと、ルルーシュが教えた。
人目のある外で、うっかりと腕でも組まれたら厄介だと考えたからだ。
それから、あまり口を利くなとも言ってあった。
見た目が大人なのだから、黙っていれば知能が幼児並などとは誰も思わない。
ルルーシュの半歩後ろを歩くジェレミアは、背筋をピンと伸ばして堂々としているし、部屋の中にいるときとはまるで別人のように、顔つきまでもが変って見えた。
それに、身に着けているものもラフなものではなく、きっちりとタイを締めさせ、ジャケットにコートとジェレミアの容貌に似合ったものをルルーシュが用意したのだから、それなりに見えるのも当然だ。
しかし、姿勢や顔つきが変って見えるのは服装の所為もあるのだろうが、人目を気にするジェレミアの見栄っ張りな性格が変っていないことを表している。
だとしたら、記憶が無くなっていても、もともとの性格はあまり変っていないと言うことなのだろうか。
前を歩きながら、ルルーシュは苦笑をにじませる。
学園の敷地を出ると、すれ違う人の数が徐々に増え始めた。
慌しい年の瀬とは違い、道行く人々の足はどこかゆったりとしていて、皆晴れやかな表情をしている。
神社が近づくにつれ、人通りが一層数を増した。
普段は寂れて、忘れ去られているような神社だが、正月になればそれなりの賑わいで活気づくのは毎年のことだ。
通りに面した小さな鳥居を潜り短い参道を抜けて、拝殿の前まで進んだルルーシュは、用意した小銭を賽銭箱に投げ入れて、拝礼を二度し拍手を二つ打つ。
それをジェレミアは不思議そうに眺めていた。
「なにをしているのか」とでも言いたそうな顔をしているジェレミアに、参拝のしきたりを簡単に説明すると、それに従ってジェレミアもルルーシュの真似をする。
手を合わせたジェレミアは、かなり長い間、何か願い事をしているようだった。
ようやく顔を上げたジェレミアを確認してから、ルルーシュは最後にもう一度拝礼をした。

「・・・どんな願い事をしたんだ?」
「ナナリーさまが幸せになれるようにと、お願いしました」
「・・・俺の分は?」
「あ・・・、もちろんルルーシュさまもです!」

明らかに、ルルーシュは付け足しのようだった。

「それから・・・」
「それから?他にも何か願い事をしたのか?」
「はい。ずっと一緒にいられるようにと・・・」

ルルーシュはそれを鼻で笑う。

「あ・・・あの、ルルーシュさまはなにをお願いしたのですか?」
「・・・内緒」

まさか、「この厄介者が早くいなくなるように」と願ったとは、当の本人を目の前に言えるはずもない。
そんなことを言ったら、ジェレミアはまた泣いてしまうに決まっている。
こんな人目のあるところで、それだけは勘弁してほしかった。
参拝を済ませて、社務所に立ち寄ったルルーシュは、ナナリーへのお土産として、毎年お守りを買い求める。
それに加え、今年は自分用に破魔矢と大量の御札も買った。
明らかに幽霊対策の為である。
ジェレミアにも一つ小さなお守りを買ってやり、それを渡すと、意味がわからないながらも喜んで受け取った。
服にしてもそうなのだが、ジェレミアはルルーシュがくれる物なら、なんでも嬉しいらしい。
渡されたそれを大事そうに両手で包み、しっかりと握り締めている。

「帰るぞ」
「え?もう・・・ですか?」

ジェレミアに背中を向けて歩き出したルルーシュだったが、少し歩いて足を止めた。
振り返れば、ジェレミアは突っ立ったまま、それほど広くはない境内の真ん中に佇んでいる。
初詣の参拝にきたであろう何人かの人がその横をすり抜けながら、呆然としているジェレミアを、訝しそうな視線で振り返っていた。

「・・・なにをしている?」

声をかけられても、ジェレミアは黙ったまま一歩も動こうとはしなかった。
仕方なくルルーシュはもと来た参道を引き返して、ジェレミアの傍まで寄ると、俯けた顔を覗き込む。

「どうかしたのか?」

心配そうな声に、ようやく顔を上げたジェレミアは、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
それを見て、ルルーシュの顔がひくりと引き攣る。
こんなところで泣き出されてはたまったものではない。
しかし、どうしてジェレミアがそんな顔をしているのかが、ルルーシュにはわからなかった。

「ど・・・どうした?」

何かジェレミアを不安にさせるようなことを言ったのだろうかと、自分の言動を思い返しても、ルルーシュには思い当たる節がない。
通り過ぎる人の目が、ちらちらとこっちを見ていることに気づいて、ルルーシュはとりあえずジェレミアの手を掴んで、無理矢理に歩き出した。
それでも、手を引かれたジェレミアの足取りは重く、酷く鈍い。

「・・・まったく、どうしたと言うのだ?」

ブチブチと愚痴を零しながら歩くルルーシュは、明らかに苛立っている。

「あ、あの・・・」
「なんだ!?」
「もう・・・帰って、しまうのですか?」
「用事が済んだのだから当たり前だろう!」

少し強い口調でそう言われて、ジェレミアの足がぴたりと止まった。
ルルーシュが手を引っ張っても少しも動こうとしない。

「ジェレミア、いい加減にしろよ!なにを拗ねているのかは知らないが、あまり手を妬かせるな」
「・・・折角、外に出たのに、勿体無いです」
「はぁッ!?」
「もっとルルーシュさまと一緒に、デートしたいです」
「デ、デート・・・?って、お前なにを言っているんだ!?なんで俺がお前とデートなどしなければならないんだ!?」
「ナナリーさまが・・・」
「ナナリーが?」
「はい。・・・ルルーシュさまとデートしてきなさいと、言っていました」

―――・・・ちょっと待てナナリー!お前はなにを考えているんだぁッ!?ジェレミアになにを吹き込んだのだ!?

今、この場にいない妹に、ルルーシュは心の中で叫びかけた。
しかし、ルルーシュの頭の中に思い浮かんだ妹は、ほんわかな笑みを浮かべて、首をかしげている。

「お、お前、デートの意味がわかって言っているんだろうな?」
「デートと言うのは、好きな人と一緒に出かけることだと・・・ナナリーさまが、教えてくれました」

ジェレミアは、やっぱりわかっていない。
と言うよりも、ナナリーの教え方が間違っている。
兄として、妹の育て方をどこでどう間違ったのだろうかと、ルルーシュは頭を抱えたい心境だった。が、「いや、ちょっと待て」と、ルルーシュは頭の中に変な引っ掛かりを感じた。

「・・・お前、俺が好きなのか?」
「はい」
「ナナリーよりも?」
「ナナリーさまの次にです」
「あ、・・・そ」

ジェレミアの「好き」は恋愛感情ではなく、友愛の感情なのだろう。
別にジェレミアに好かれたいとは思っていないルルーシュだったが、「ナナリーの次」と言ったジェレミアの言葉に、敗北感を感じずにはいられない。
だから、その憂さを晴らそうと、ルルーシュの頭の中に少し意地の悪い考えが浮かんでしまった。

「そもそも、デートと言うのはだな、相思相愛でなければ成り立たないんだぞ」
「・・・そうしそうあい?」
「つまり・・・お前が俺を好きでも、俺がお前を好きではないのだから、デートは成立しないと言うことだ」

何も知らないジェレミアに、兄妹揃ってテキトーな嘘を教え込んでいる。
そうとは知らないジェレミアは、愕然とした表情で、

「そ、そんな・・・ルルーシュさまは、私が嫌い・・・なのですか?」

恐々とルルーシュを見つめている。

「嫌いとは言ってないだろ?好きじゃないと言ったんだ」
「それでは、・・・ルルーシュさまはどうしたら私を好きになってくれるのでしょうか?」
「そんなことは、自分で考えろ」
「・・・ルルーシュさま、ちょっと待っててもらってもいいですか?」

そう言うとジェレミアは慌てた様子で、神社の境内へと走り出した。

「どうしたのだ?何か忘れ物でもしたのか?」
「ルルーシュさまに好きになってもらえるように、神様にお願いしてきます!」
「・・・・・・・・・・・・・・やっぱりこいつは馬鹿だ」

それくらいの知能しか持ち合わせていないことはわかっていたが、改めてそれを目の当たりにすると、流石に呆れるしかし様がない。
それでも、迷子になられては困るので、ルルーシュはジェレミアが戻ってくるのを、鳥居の傍で待っていた。
何人もの人が、そのルルーシュの前を通り過ぎる。
神社に入って行く者もいるが、素通りして行く人の方が断然多いのは、ここがブリタニア人が人口の殆どを占める租界の内だからだろう。
なかなか戻ってこないジェレミアを待ちながら、ルルーシュはぼんやりと通りを眺めていた。
日差しがあるので、寒さはあまり感じなかったが、人に待たされることがあまり好きではないルルーシュは、戻ってこないジェレミアに少し苛立ちを感じはじめている。
つまらなさそうな顔をしながら、通りを眺めているルルーシュの前を、何人もの人が通り過ぎていく。
通り過ぎて行く人の姿さえも、不機嫌なルルーシュには目障りでしかなかった。
イライラとしながら神社の境内を振り返ると、参道の奥から悠然とこっちへ歩いてくるジェレミアの姿が見えた。
その顔は、遠目に見ても、目的を果たしたことで満足感に満ちている。
「やっと来たか」と安堵したルルーシュだったが、その背後に人の立ち止まる気配を感じて、怪訝な表情を浮かべながらゆっくりと視線を向ければ、見覚えなのない二つの顔が、不愉快そうにルルーシュを睨みつけていた。